カナリーの米国株10-Kコレクション

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グレアム著「証券分析」が自ら認めるグレアム流の時代遅れ

米国株投資家の中でも多数いると思われるグレアム派の方々を少々驚かせるタイトルになりましたが、実はグレアム著の「証券分析」の第六版にはグレアムの考え方の一部が時代遅れになったことを示唆する部分があります。といってもこの記述を書いたのはグレアム本人ではなく、別の筆者が書いています。

 

その記述について説明する前に、まず2008年出版の「証券分析 第六版」についてですが、本文の著者であるグレアムとドットが書いた部分に加え、現代の投資環境や経済状況にマッチするよう10人の専門家が、現代の投資環境に沿った意見や解説を書いています。ただでさえ辞書のように分厚い本著に、現代の専門家による解説、そしてなんとバフェット本人によるまえがき(たった2ページですが)が合わさっている為、ページ数が膨大になり、一部のチャプターがCDになっています(笑)。グレアムとドットが書いた本著の部分は、パンローリングが出版している日本語訳とほぼ同じであると思いますが、日本語版は「証券分析 第一版」を翻訳している為、第六版のバフェットのまえがきと専門家の解説部分はありません。ですので、バフェットによるまえがきや専門家の解説部分を読んだ方はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。

 

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さて第六版で解説を執筆した専門家の1人であるクラーマンが、グレアムの考え方の一部が時代遅れになったことを次のような言い回しで示唆しています。

 

Benjamin Graham’s pencil, clearly one of the sharpest of his era, might not be sharp enough today.

”グレアムが活躍していた頃では、抜け目なかった彼のアイデアや理論も、現在では抜け目があるものになったかもしれない。”

(Benjamin Graham, David L. Dodd, Security Analysis 6th edition, p.xxix より)

ちょっと意味不明な直訳だと”グレアムの時代に最も鋭かった鉛筆の一つであった彼の鉛筆は、今日では十分に鋭くない。”となりますが、グレアムの鉛筆の芯が時代を経て丸くなったという意味ではありません (笑) 比喩的に使われているであろうPencilをどう意訳すべきか迷いましたが、前後の文脈と「賢い」や「抜け目ない」という意味を含むsharpを考慮して、”アイデア”や”理論”がしっくりくるかと勝手に思っています。(自分のアイデアと理論を原稿に執筆するグレアムが、鉛筆を走らせているイメージ)

 

クラーマンはグレアムの考えの一部が時代遅れになった原因を、現在のバリュー投資家の行動や考え方を基に説明しています。

 

  1. グレアムは継続的な利益や配当を企業の健全性のバロメーターとして重視してきたが、損益計算書内の利益がフィクションであるケースが多くあった為、現在ではキャッシュフローの分析に重きが置かれている。

更にグレアムが重点を置いていた、バランスシートの分析の欠点についても次のように述べています。

  1. 資本利益率がかなり高まった現代では、PBRに対し高値で取引されるようになり、バランスシートの分析で上昇余地と下落リスクを理解することが困難になった。
  2. 長年のインフレによって、取得費用で表されるバランスシートの資産数値が正確でなくなった。つまり全く同一の資産を持つA社とB社でも、両者の会計上の資産数値が異なることがある。(別のケースで考えると、会社が全く同じ機械を別時期に2つ買う場合、片方を1000円で買った後、物価が上昇し、その状況でもう一方を1100円で買うと、取得原価主義として計上される資産額が、同一の機械であるのに異なってくるということです。つまりインフレの影響で会計上の資産にズレが生じることになります。)

 (引用; Benjamin Graham, David L. Dodd, Security Analysis 6th edition, p.xxix-xxxi) 

 

と、クラーマンは現代におけるグレアム流の欠点を述べていますが、グレアムを熱く信奉する投資家の方々の中で、上記の点に気付いている方は、それほど多くはないと思います。推測ですが、グレアムの弟子にあたるウォルター・シュロスが投資を止めた根本的な理由もここにあるのかもしれません。ただクラーマンはそれでもグレアムの理論や考え方は現代でも役立つと述べていますし、私もそう思います。ですので、グレアム流の投資家は、彼の考え方を大切にしながらも、自分自身で彼の考え方を応用したり、時には批判的に捉えることも大切かもしれません。

 

最後に、英語力にかなりの自信がある投資家の方々は是非この本にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

 

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